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    葬式

    先日、9月21日の18時02分に母方の祖父が他界しました。75歳でした。

    その日はOBの先輩とスタジオにはいるという事でスタジオにいたんだけれど、スタジオが終わったのが21時でメールがきてるのを発見してみてみると、母親から「じーちゃんが亡くなったから帰ってこれる?」と。

    その時はそうかー死んだかー位にしか思ってなくてそのあと普通に飯食って寝て、次の日の昼前に家をでて新幹線で新潟に帰りました。

    そしてスーツに着替えてまずはお通夜。

    初めての経験でよくわかんなかったけどじーちゃんの棺に花を添えるのには間に合った。

    その後はお坊さんのお経きいてお香あげたりして、じーちゃんの棺の横でみんなで飯食った。

    帰りに車を運転してかなきゃって事で酒はのまず。

    ほんと何年ぶりだろうってくらい母親家系のイトコ達にはあってなかったんだけど、なんとなーくは覚えている感じで、結局母親の家系のねーちゃんたちの顔と名前が最後まで一致しなかった。笑

    みんなに顔変わったっていわれたなあ。誰だか分からんといわれたけれど、ただ老けただけだ。

    ちびっこたちもすんげー沢山居てもう小学生の子までいたりして、あーもうそんなに時間たっちゃったのかーという感じ。

    俺達孫は8人ひ孫は9人だってさ。すごいね。

    そして、その日はあんま寝れず朝6時くらいまでなんだかんだ起きてて次の日8時半に起床。

    寝れない紋だからソファーに移動してねてたら腰をまた痛めてしまった。ひどくなかったから良かった。

    10時の出棺に間に合うように母親の実家に向かう。

    生憎その日は雨がふっていて、よく漫画とかで出てくるような雨のなか傘をさして列をつくり、その中をじーちゃんの棺をもった大人達があるくという光景でした。

    俺もその大人達になってしまったんだなと実感した瞬間でもあった。

    そして、長女であるおばさんのスピーチが凄くよくてまず少しうるっときた。

    自分に言い聞かせる、ないちゃあかんと。

    バスに乗り込み、霊柩車がクラクションを合図に出発しその後に続く。

    実家に住んでた頃、使っていたマクドナルドのすぐ近くの葬儀場でした。家からは20分くらいかかったかな。

    これまた葬儀に参加するのも初めてだったのでとりあえず喫煙所でたばこを吸う。

    どうやらドリンクがフリーらしい。身内には別に控え室もあった。

    ただ、女家系であるから控え室はほとんど女ばかり。あとちびっことその旦那さんか。

    ちなみに、女三姉妹で俺の母親は3女なのです。

    そんなこんなで、結局突っ立って葬儀の開始をまつ。

    そして、始まるぞということで会場内の椅子にすわる。二列目だったかな。

    正面には横幅いっぱいに飾られた花や大きい仏壇?が。その真ん中にじーちゃんの写真と棺。

    そして、このあたりから段々とじーちゃんはもう動かないんだという実感がわいてくる。

    お坊さんが3人でお経を読んでるときにお焼香をあげて合唱。どこに礼をすればいいかいまいち分からず前にいた親父のやってる通りに習う。

    お経を効いてたら、思わず泣いてしまう。悲しい。

    そして、お経がおわりみんながはけて身内でじーちゃんの棺に花をいれる。前に飾ってあった花をおって入れるんだね。

    花を2回いれた。正直凄く辛くて泣きそうだったからこれ以上できなかった。

    そして、また霊柩車に棺をいれる。

    その時のおばさんのスピーチでもまた泣いてしまう。悲しいぞ。

    葬儀には沢山の人がきてくれていた。じーちゃんの人柄の良さなんだろう。

    そして俺達はバスにのりこみ火葬場へ。

    昔、剣道をやっていた頃珍しく屋外の神社の前で試合をやっていた場所の近くの所だ。

    気温は涼しい。スーツを着ていなかったら肌寒いくらい。

    ここでも、棺に花をそえる。さようならじーちゃん。正直もうここまで行くと恐怖しかなくてまじまじと顔をみてあげられなかった。

    そして棺を持つ大人4人の他は硝子越しに焼却炉に入ってくじーちゃんの姿を見送る。

    ほんとうにさよならだな。


    シャッターが降りる。燃えてるんだ。いや、天国に向かってるんだ。


    時間がかかるという事で控え室で談笑。といっても、先にも述べたように女家系だし、おっ三ばっかりだから居場所もなく飯をつまんでたばこを吸い弟とその椅子にすわってだべってた。

    かーちゃんにも疲れがみえてるな。

    この時、中学の体育の先生を発見。声はかけなかったけれど、なんか見覚えある人だなと思い部屋の前にある名前をみてみたら正解だったようだ。

    そして、納骨だ。結局焼却時間は普通の女性の1,5倍ほどかかったみたいだ。

    まだ熱をもってる。冷却を40分したのにだ。

    さっきまで肉体をもっていたのにいまや骨だけだ。。。その時は特に思わなかったが今はちょっとショックだ。

    骨をひろう。やけどをしないように気をつける。

    のど仏は正面からみると仏様が座っているようにみえる。なるほど。

    集めた骨を骨壺にいれ頂骨としてのど仏が。

    そして、バスにのり家にもどる。

    骨になったじーちゃん。

    坊さんもまたきてお経をきく。回ってくるご焼香をして100円をおく。

    その後駅前のホテルで会食。

    運転もあり酒も飲まず、しかも昼に食べたおにぎりがまだのこっていて全然たべれなかった。

    ちびっこたちがはしりまわったりしてた。かわいい。

    そんでまたバスにのって家にもどり少しグダグダして実家にもどり、就寝。

    次の日には東京へ戻る。

    10時くらいに家をでてじーちゃん家によりお参りをしてく。ちょっとばーちゃんとも談笑。

    でラーメン食って東京にかえる。




    こんな感じでした。

    母親からメールをもらったとき、特に思わなかったけどなんか胸の奥がずーんと重い感じはやっぱりあって。

    母方のじーちゃんということで、たまーにしかあわなかったんだけども、実家の学習机かってもらったり小さい頃は止まりにいったりもした。

    一番近いのだと今年の頭に年始の挨拶で見たのが最後だったな。

    その前だとセンター試験の時いとこのおじさんがなくなったんで、親が仙台までいっちゃってその時にとまった。


    なんだかんだお世話になってて俺のじーちゃんなのはやっぱりかわりなくてさ。


    お通夜の時じーちゃんの顔に触ったんだけど、冷たいんだよ。

    どうなってんだよって思った。

    凄いショックだったんだよ。人って死ぬんだって。まだあの感触が手に残ってるんだ。

    綺麗な顔してるんだよ。でも死んでるんだよ。

    そんな事ばっかり東京にきてから考えてて、凄い寂しい。

    一人になってからやっぱりぐっとくるんだ。

    こっち帰ってきてからぼけーっとしてるとじーちゃんの笑った顔と声が脳内で再生されて涙ででくるんだ。

    悲しいもんだ。そして命ってのは儚いもんだわ。

    お坊さんがいっていた。

    生きるって言う事は死ぬ悲しみを背負っていきなきゃならんということで、仏様はそれを示しているんだぞ、と。

    凄い納得した。

    じーちゃんの姿を見てものすごく死をちかいものにかんじたんだ。


    ばーちゃんもじーちゃんとは15離れてもう90歳で。広い家に一人住む事になるんだわ。

    母親とかそういう一番お世話になってる人の事も考えると凄く辛いもんだね。




    まあそんなことで、なんだか辛くて涙でてくるもんだからざーっとはき出してみた。乱雑で申し訳ない

    なんか無気力感が凄いし。この悲しみを背負ってじーちゃんの事を思い、時が解決してくれるのをじっくり待つ事にする。

    俺の家族も、長生きして欲しい。

    おやすみなさい。
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    .26 2012 未分類 comment0  trackback(-)

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